事業再生の現場から

川上哲治氏が逝く…

去る10月28日、元巨人軍監督川上哲治氏がお亡くなりになったそうです。

享年93歳の大往生…。ご冥福をお祈りいたします(合掌)

逝去の報道をきっかけに、故人の功績が改めてマスコミに称えられ、在りし日の凛々しい姿が昨夜から新聞・TVを騒がせています。

私の世代は「打撃の神様」「赤バット」の川上選手(現役時代)の印象は薄く、寧ろV9「常勝巨人軍」の統率者としての「川上監督」のイメージが強く、私自身は川上監督に謹直な印象を持っていました。

何よりリアルタイムで夢中になっていた「巨人の星」の主人公・星飛雄馬が背中に付けた「栄光の背番号16」は(実際は川上哲治選手の偉業を称えて「永久欠番」となっているのですが)、漫画の中で巨人軍の監督になっていた川上哲治氏が飛雄馬の将来性を見込んで直々に与えられた事になっていました。

川上哲治選手は飛雄馬の父・一徹の元同僚でもあり、一徹に「巨人軍を去れ!」と忠告した親友であったと設定されてもいます。

漫画の1コマで、飛雄馬が自宅の板壁に開けられたボール一個分の穴を通して家の向かい側にある立木にボールをぶつけひとりでキャッチボールをする場面があり、それを川上哲治監督が板壁の穴に向かって打ち返すシーンがありますが、その時父一徹はこう言うのです。

「こんな事(針の穴を通す打撃技術)ができるのは、日本球界の中でただひとり、川上哲治だけだ!」と。

要は、川上選手・監督は、それだけ戦後のプロ野球界に大きな足跡を残した人物であったと言う事なのだと思います。

だって「漫画」にも登場しちゃうんですから(笑)

私はV9時代の「77番」が、ベンチから片膝を出して前のめりにグランドを見つめるイメージを強く持っています。

第一次長嶋政権(監督)の解任劇等で、いろいろ謂れのない雑音も耳に入っていたのでしょうけど、元来「肥後もっこす」(がんこモノの尊称です)の川上カントク。

現役・監督時代の抜群の実績の割に、晩年マスコミに登場する機会が少なかったことが残念ですが、当のご本人はそんな事は全く気にしておられなかったのでしょうね。

また昭和の偉人が逝ってしまいました(涙)

 

 



コメント

※コメントは承認制となっております。承認されるまで表示されませんのでご了承ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です