事業再生の現場から

栄枯盛衰…老舗御曹司の現在

一口で「事業承継」と言いますが、日本には100年以上も事業(家業)が続く、いわゆる「老舗」と呼ばれる事業体が数多く残っているとされ、最古とされる「金剛組」は聖徳太子の御世から続いているとされています。

周囲を海に囲まれた「海洋国家」という地勢の中、封建社会が長く続き「革命」が起きる事なく、保守的な「家制度」が太平洋戦争前まで続いた事が、世界的に見ても「珍しいほどの老舗企業の多さ」の大きな理由ではないかと思いますが、家・一族の事業に協力する「働き手」としての家人・家来・郎党等が「生き残るため」の手段として、代々事業体を一致協力して支えていた事も、事業が永く続く要因だったのだろうと、私は理解しています。

近年では「家制度」も無くなり、先祖が脈々と続けて来た事業を家人が引き継ぐ事なく、第三者に売却・譲渡する「M&A」が活況を帯びています。

日本人の「価値観」も相当変化しているのです。

 

昨日、県内某市で不動産業を営むA社長を訪ねて来ました。

このA社長とは25年来の付き合いがあり、銀行を離れてからも、私は何かと教示いただいている立場です。

昨今の某市について「何かオモシロイ話ありませんか? どうです? 不動産の動きは?」など他愛もない世間話をしていたのですが、A社長から「ところでこの前ブログに書いてあったね、K市の仕出し屋さんの倒産記事…あの人はどんな人だったんだい?」とのお尋ねが…

「私が不良債権回収担当であった当時、3物件くらい1棟建のアパートを買って下さった社長さんなんです。本業は仕出し弁当屋さんなんですが、不動産投資が好きで当時900室を保有してると豪語してたんですけど…。私にとっては大恩人なんですよ」

「それらのアパートがまた売りに出るのかねぇ。どの辺りの物件を持っていたの?」

なるほど商売人(笑)

「TDBレポートでは破産準備と書いてありましたから、この20年のうちに相当売り切って来たんじゃないですかね。物件持ったままで家賃もそれなりに入って来ていれば、銀行ローンはリスケしとけば破産なんてする必要ないですから。多分、銀行主導で物件売却圧力が掛かって嫌々処分させられた結果、“債務超過”になって破産申立に追い込まれたんじゃないかなぁって、想像しているんですが…」と私。

「銀行の売却圧力って言えばさぁ、〇〇商店って大手の〇屋があっただろう。あそこも××銀行に担保不動産の売却圧力を掛けられ、自宅を残してぜーんぶ売られちゃったって。ほらあそこは駅前に駐車場とか持っていただろ、あれなんか一番先に売られちゃって…。自宅は残っても〇〇商店の店も工場も売られちゃったから、長男(事業後継者)は赤帽(軽トラック便運送業者)の運転手をしてるよ。あの〇〇商店の跡取りが…だよ」

〇〇商店は私が勤務していた某支店管内でも最大手の〇〇業者で、先代は県内の同業者組合の代表を務めるくらいの大物でした。

十数年前に他界され、〇〇商店は長男B氏に引き継がれたようです。

80歳を超える年まで社長として業界・家業に君臨した先代でしたが、B氏は言わば「老舗の御曹司」です。

学卒後すぐに家業に従事したようですが、あまりに先代が偉大過ぎたのか、なかなか「代表取締役」として手腕を発揮する機会が無かったようです。

息子が可愛くて事業の苦労をさせたく無かったのか、信頼できなくてバトンタッチできなかったのか、先代の気持ちは今となっては分かりません。

ですが、結果として、明治年間から100年以上も続いたとされる〇〇商店は、数年前に「廃業」に追い込まれてしまいました。

 

この話を聞いて「事業承継」の難しさを再認識した次第です。

 

 



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